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おばあちゃん達と一緒にお参り。

僕が拝んでいるのはおばあちゃん達。

うちのお寺(明王寺)には小野さんという94歳の

おばあちゃんがいつもお参りに来ます。

(写真のおばちゃんは小野さんではありませんが、

雰囲気はこんな感じです。)

瓶の底みたいな眼がねをして、ぷるぷる震えながら

お参りをしております。

お経にも普通にビブラートがかかっております。

小野さん(たち)は言います。

「歳をとったらお参りするのが仕事ばい。

どこでん(どこでも)お参り行きますばい。」と。

こんなおばあちゃん達と地元の八十八カ所や篠栗さんに

お参りをする時・・・

僕は仏様を拝みながらもおばちゃん達を拝んでおります。

おばあちゃん達は別にえらいお坊さんでもありませんが・・・

高野山の老僧にも負けないくらいのありがたさがあります。

(ぶっちゃけ、高野山の老僧はあまり知りませんが

ぷるぷるしているあたりは同じではないかと・・・)

今日こうして(生きて)お参りできるだけで幸せですばい

心からそう言えるおばあちゃん達はほとんど仏様であります。

と、僕は思うわけです。

お参りが終わるころ、おばあちゃん達に僕はいつもお礼を言われます。

「お参りに連れて来てくれて、ありがとう。」と

僕はお寺の僧侶ですから、お経を読んだり拝むのが仕事ですが・・・

他方、おじいちゃんやおばあちゃん達がお参りする手助けを

するのも大切な役目であると感じております。

うちのお寺の来ているおばあちゃん達が亡くなるとき、

残念ながら多くのおばあちゃん達は違うお寺の檀家さんなので

お葬式も別のお寺様がお導師をされます。

ですが、せめておばあちゃん達の思いの中に

「明王寺(うちのお寺)さんにお世話になってよかったばい。

ほんといいお参りがたくさんできて良かったばい」

と思っていただけるような行事なり、お参りをしていかないかんと

心底思っております。

ただ、小野さんにしても他のおばちゃん達にしても当分あの世に

いきそうにはありませんが・・・(笑

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